(20.8.22更新)
アーサー王物語に登場するアーサー王はイギリスの歴史上の英雄で、世界中で長く伝説として親しまれています。
しかし、アーサー王伝説は本当にあった話なのだろうか? 作り話ではないだろうか? こんな疑問が浮かび上がってきました。
- アーサー王は実在の人物なのでしょうか?
- アーサー王が実在の人物なら、どんな時代の中で活躍したのでしょうか?
- アーサー王はの先祖は誰でしょうか?
の、3点に関して、アーサー王の情報を纏めました。
※参考:アーサー王物語の概要
アーサー王は実在したのか? 歴史書にみるアーサー王
アーサー王は実在する人物なのですか?
いろんな説があるんだけれど、ずばり言ってしまうと、アーサー王物語やアーサー王伝説に出てくるアーサー王は作り話と考えられています。
しかし、アーサー王のように活躍した、アーサー王らしき人物は実在したと考えられていますよ。
歴史書「ブリトン人の没落」にみる、アーサー
アーサーらしき人物が登場する初めての記述は、6世紀にイギリスにいたキリスト教司祭ギルダスが書いたとされる『ブリトン人の没落』と言われているんだ。
しかしアーサー王という名前は出てこず、アングロサクソン人と戦ったケルト人指揮官がいたことが、記述されているんだよ。
ブリトン人の没落- Wikipedia
歴史書「ブリトン人の歴史」にみる、アーサー
次にアーサー王が登場するのは9世紀にネンニウスによって書かれた『ブリトン人の歴史』だ(828年頃)。
ここではアーサー王に関する具体的な記述がある初めての歴史書なんだ。
アーサー王は王ではなく単なる軍の指揮官または戦士として登場し、12の会戦が記録されており、一人で960人のサクソン敵兵を倒したと記述があるんだよ。
後の「ブリタニア列王史」の作成に大いに影響を及ぼした。
✅ブリトン人の歴史を書かせたといわれる王
>>アーサー王物語の発祥・起源は、このウェールズを救った王の偉業かも知れない
歴史書「カンブリア年代記」にみる、アーサー
11世紀に書かれた『カンブリア年代記』にもアーサー記述があるんだ。
そこではベイドン山の戦いは516~518年とされている。
アーサーは三日三晩の間十字架を両肩で担ぎ、ブリトン人が516~518年の戦いに勝利(おそらくアングロサクソン族との戦い)したとされてるんだよ。
歴史書からみると、アーサー王は王じゃないかもしれないけれど、実在した可能性は高いんですね。
アーサー王物語は作り話と言われると、ちょっとがっかりしましたが、勇敢で強い騎士であったようなのでほっとしました~
歴史書「ブリタニア列王史」にみるアーサー(アーサー王物語の原形)
「そして1138年にジェフリー・オブ・モンマスによって書かれた『ブリタニア列王史』の一部分にアーサー王(アルトゥールス)が登場し、アーサー王物語の原形が完成したと言われているんだ
ブリタニア列王史は事実も含まれているとは考えられるけど、作り話も多いのではないかとも言われているんだ。
しかし今となっては、どの部分が事実でどの部分が作り話か、証明する手立てはないな。
そこをとやかく言うよりは、色んなアーサー王像を知って想像することによって、アーサー王物語やアーサー王伝説を楽しむ方がいいと思うな。
アーサー王の時代背景と祖先
アーサー王が実在したとして話を進めますよ!
歴史上のアーサー王がいた歴史的な背景を話しましょう!
はい、そのほうが夢があってワクワクします!
アーサー王の時代背景
アーサー王は恐らく5世紀後半~6世紀半ば頃までに存在した人物と推定される。5~6世紀のブリタニアはローマ帝国の直接支配が終わり、ブリタニア王もローマからの派遣ではなくブリタニア独自で王を選ぶようになったんだ。
アーサー王物語では、アーサー王や父ウーサー王がブリタニア王ってことですか?
そう、そのとおりだ! 5世紀~6世紀頃の時代背景はゲルマン民族が西側へ大移動(侵略)を開始する時代なんだ。
ゲルマン民族系のアングロサクソン族がブリタニアに領土を奪おうと侵略してくるんだ。
歴史上のアーサー王はブリタニアを守るために、アングロサクソン族と勇敢に戦った騎士と考えられるんだよ。
アーサー王はブリタニアにとって、救世主的な存在なんですね!
ブリタニア列王史の作者ジェフリーは、戦士アーサーに更に色々な話を付け加えて伝説上のアーサー王を作り上げたと考えられるんだ。
つまり、こういうことだ。そして、さらに中世の文学において伝説部分を進化させていくんだ」
実在のアーサー王+何人かのモデル人物=伝説上のアーサー王
👉詳しくはこちらの記事!
>>アーサー王の実在のモデル人物を集めて アーサー王物語を構築してみた
👉史実からまとめたアーサー王の年表
>>時代背景も分かるアーサー王の歴史年表(シンプル版)
アーサー王の先祖について
「ブリタニア列王史」などで、アーサー王の先祖に関する情報を纏めてみたんだ。
アーサー王の先祖をたどってみると様々なアーサー王の秘密が分かり、知らなかったアーサー王の像が浮かび上がってきてとても興味深いぞ!
アーサー王の父親と叔父達
※アーサー王の父、ウーサー・ペンドラゴン
アーサー王の父は、ブリタニア王のウーサー・ペンドラゴン王だ。
ウーサー王には二人兄がいて、長兄はコンスタンスⅡ世、二番目がアンブロシウス・アウレリアヌスとされているんだ。
何れの兄たちもウーサーが王になる前にブリタニア王になっているんだ。長兄コンスタンスⅡ世はウェールズ首長のヴォルティゲルン(ヴォーティガン)に殺され、ブリタニア王の座を奪われてしまったんだ
身の危険を感じた母は、幼いアンブロシウスとウーサーを連れてブリタニアを脱出し、ブリタニー国(現在のブルターニュー地方)へ逃れたんだよ。
そして成長しブリタニアに戻ったアンブロシウスは宿敵ヴォーティガンを破り、ブリタニアを取り戻しましたんだ。
その後二人はアングロサクソン族のヒンギストとホルサや彼らの息子達と幾度となく戦い、アングロサクソン族の侵入を防いだんだよ
✅アーサー王の伯父アンブロシウスに関する記事
>>アンブロシウス・アウレリアヌス 王の中の王と言われたアーサー王のモデル人物
✅ヴォーティガンについての記事
映画キングアーサー(2017年)にもヴォーティガンが悪役として登場
>>悪王のヴォーティガンは何者だ、実在人物か?
アーサー王の祖父
※コンスタンティン三世のコイン
アーサー王の祖父は、西ローマ皇帝コンスタンティンⅢ世とされているんだ。
コンスタンティンⅢ世の兄アルドリエンもブリタニア王でしたが、ブリタニア北部での激しい戦いと寒さに嫌気がさし、ブリタニア王の座を弟のコンスタンティンに譲ってしまったんだ。
ブリタニア王になったコンスタンティンは勢力を広げるために海を渡り、フランス・ゴール地方に拠点を置きました。勢力範囲をライン川まで伸ばし、西ローマ皇帝まで上りつめたんだよ。
アーサー王の更なる先祖
アーサー王の祖父コンスタンティンⅢ世の曾祖父は、コナン・メリアドクと言い初代のブリタニー王になった人物だ(ブリタニー:現在のフランスブルゴーニュー地方)。
コナンはブリタニア出身で(現在の北ウェールズ付近)、アーサー王よりおよそ100年前の4世紀後半に、ブリタニー王とコーンウォール王(アーサー王の誕生の地)を兼ねていたんだ
コナンがウェールズに住んでいた当時、ブリタニア王はローマ軍人のマグヌス・マキスムスだったんだ。
マグヌスはウェールズ北部に拠点を置いてブリタニアを統治したのち、西ローマ帝国に攻め入り皇帝を倒しその座を奪ったんだよ
マグヌスと行動を共に戦い勝利を得たコナンは、報酬としてブリタニー地方を貰い受け初代のブリタニー王となり子孫達は王を歴任するんだ。
このコナンによるブリトン人の移住により、現在もケルト系民族の末裔がブルターニュー地方に住んでいるという説があるんだ
✅アーサーの大先祖、コナン・メリアドクの記事
>>ブルターニュの歴史 名前の由来とケルト人が建国したエピソード
今回のアーサー王纏め
アーサー王は実在したかどうかという議論はあるかもしれませんが、その人物の歴史背景を知ると新たな面が見えてきてとても興味深いと思います。
その意味ではアーサー王はさまざまな伝説があり、さまざまなアーサー王像が生まれとても夢があり面白いですね」
※アーサー王のモデル纏めwww.rekishiwales.com
コメント
アーサーのお父さんもおじいさんも王さまだったんですね。そのまたおじいさんも王さまですね。
すごいですね。^^
みんな、、王様ですね。
id:nezuzyouziさん
いつもコメントありがとうございます!!
ずーっと王さまですね。(^^)
そのまた先祖、ずーっと先祖をたどると、ケルトの太陽神まで行くそうですよ。夢が広がって面白いですね。(^^)
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