「オークニーのロット王」はロット王(英語: King Lot, King Loth)は、アーサー王物語に登場する人物です。
ロット王はどんな人物なのでしょうか?
・アーサー王物語でのロット王
・実在人物としてのロット王
について、概要をご紹介いたします。
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アーサー王物語のロット王
ロット王は現在のスコットランドにあるオークニー諸島とロジアン(Lothian)を治める王です。
オークニー諸島:Google マップ
ロット王はアーサー王の異父姉モルゴース(またはアンナ)と結婚したため、アーサー王の義兄になります。
※アーサー王:ウーサー王(Uther)とイグレーヌの間に産まれた男子
モルゴース:前夫ゴルロイス(ティンタジェル公Gorlois)とイグレーヌとの間に産まれた長女
ロット王とモルゴースとの間には円卓の騎士として名高いガウェイン卿、アグラヴェイン卿、ガヘリス卿、ガレス卿が産まれました。(モルドレッド卿の父親説もある)
ウーサー王が病に倒れたころ、ロット王はサクソン族との戦いでブリタニア軍の指揮を任されていました。ウーサー王が亡くなり、アーサー王が後継者となったときに、ロット王はアーサー王を認めませんでした。
ロット王はアーサー王即位後の馬上槍試合(カールレオンの戦い)で、アーサー王に対抗した6人の王の一人で、敗北した屈辱を晴らすために11人の王とともにアーサー王に叛逆を企てました。
ベドグレインの戦いで善戦しましたが敗北し(戦いも中止)、またサクソン族がロット王の領土に侵略したことにより、自国に戻らなければなりませんでした。
またブリタニア列王史によると、アーサー王がノルウェーを征服した際に、アーサー王はロット王にノルウェーを授けたと書かれています(ロット王はアーサー王と和解)。
※ロット王はノルウェー人民王のシケルムス(King Sichelm)の孫とされている
マロリー版によると、アーサー王に対して2度目の反乱を起こし※、ペリノア王との戦いに敗れ戦死しました。(Battle of Terrabil)
そしてキャメロットにあるセント・ステファン協会に埋葬されました(St. Stephen’s Church)
※原因はアーサー王とモルゴースの近親相姦を発見した、またはアーサー王が息子モルドレッドを含む5月1日生まれの子供を殺そうとした為
歴史上の実在人物のロット王について
Map of the Island of Britain AD 450-600
実在のロット王はルッズやルダック(Lludd、Luddoc)と呼ばれ、ゴドッディン(Gododdin、またはGuotodin)の王(在位470年~490年頃)でした。
ゴドッディンは現在のスコットランド東岸にある小さな国で、周囲はアルトクラット(Altclut)、ベルナシア(Bernaccia)など強国に囲まれていました。
ルッズ王についてはあまり多くの事は分かっていません。
しかし、ゴドッディンは周囲から独立した国を保持していましたし、ロット王の時代からは、王の名にちなんでLothian(ロジアン)とも呼ばれるようになりました。
このことから、ルッズ王はパワフルな軍を率いる優れたリーダーであったと考えられます。
ルッズ王の息子は、サーグウァン(Serwan、Serguan)などと呼ばれ、ルッズ王の後を継いで、ロジアン国の王となりました。
※サーグウァンはアーサー王物語の中では、ロット王の息子ガウェイン卿として登場しており、親子関係は実在もアーサー王物語も同じです。
なぜ「オークニーのロット王」といわれるのか?
アーサー王物語では、「オークニーのロット王」とされていますが、オークニーと実在のロット王との直接的な関連は直接はないようです。
9世紀~11世紀頃にかけて、オークニーはノルウェーからの移民が多く、ノルウェーの支配を受けていました。10世紀の実在人物にオークニー伯爵となったLiotがいます。
アーサー王物語のなかでは、このオークニー伯とロジアンのルッズ王を引っ付けたと考えられます。
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