「ナポレオン ~英雄の誕生~」のあらすじ ドラマWARRIORS(ウォリアーズ)歴史を動かした男たち

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「ナポレオン -英雄の誕生-」

 

ドラマWARRIORS(ウォリアーズ)歴史を動かした男たちのエピソード1は、「ナポレオン~英雄の誕生~」

 

フランス革命の英雄ナポレオンが名を上げるキッカケとなった、トゥーロン攻囲戦が描かれています。

しかし、上司の嫌がらせなどあり決して平坦な道ではありませんでした。

 

コルシカから亡命した生意気な青年

フランスは大混乱でした。フランス革命が進み、多くの貴族に加えてルイ16世も処刑されていた。銃殺やギロチン台送りが日常茶飯事でした。

 

コルシカ島からナポレオン・ボナパルト一家は亡命していました。一家を支えるにはナポレオンの活躍が必要でした。

ナポレオンの母はとても気丈でいつも、名を上げろとナポレオンに葉っぱをかけていました。

 

そして、公安委員会よりナポレオンはトゥーロン地区の砲兵隊長(准将)に任じられました。コルシカ出身の青年にはまたとないチャンスでした。

 

 

これまでのトゥーロンの戦況は厳しく、兵の損失は甚大でした。しかし、フランスにとってとても重要な地区で、奪回が望まれていました。

 

イギリス軍がトゥーロン市と港を占領し、さらに敗戦すると南仏全域にイギリス軍の侵略が及びえない状況で、トゥーロンの奪回は急務でした。

 

ナポレオンは丘に登り英国艦隊を観察し、上陸する前に大砲で追い払う作戦を提案しました。しかし、ラポワプ将軍は作戦会議をし正面突破をすれば勝算ありと考え(これまでこれで連勝してきた)、ナポレオンの案は却下されました。

 

軍の幹部にはコルシカ島からの亡命者で24歳の若いナポレオンは、生意気に映ったのです。

 

嫌がらせと敗戦

ナポレオンは上司を通さずにパリ当局に訴えて砲台の準備をはじめました。

ナポレオンは砲台を作り1000名の兵士を要請し、そうすれば短時間で勝てると訴えますが、ナポレオンを嫌う司令官カトーは500名しか出しませんでした。

 

軍の準備が遅れているうちに、イギリス軍は上陸して交戦となりました。

攻撃は失敗し、ナポレオンが砲台を造ろうとしていた丘を先に占領されてしまいました。

 

将軍やスタニスラ・フレロンは、ナポレオンがパリに直訴したことを不快に思い、コルシカ人は規則を無視したと非難し、ののしります。 

 

決死の戦いと勝利

 

フロレンに嫌がらせを受け続けます。

 

しかし、次の次の司令官であったデュゴミエ将軍が、ナポレオンの才能に気づきます。

港を見下ろす二つの高地を奪取し、大砲で敵艦隊を狙い撃ちにする、というナポレオンの案がようやく採用されました。

 

豪雨をついて作戦は決行されますが、敵に押されて厳しい戦いが続きます。ナポレオンの決死の突撃によって、ナポレオンは足にけがを負ってしまいます。

 

しかし、勢いに乗った革命軍は砦を奪取することに成功します。砦を奪取した後、大砲が港のイギリス艦隊を一掃し、トゥーロンは陥落し革命軍の勝利に導きました。

 

この功績により国民公会の議員の推薦を受け、ナポレオンは一挙に旅団陸将(少将相当)に昇進し、若き英雄へとなって行きました。

 

ナポレオンを虐めたフレロンは、ナポレオンにより遠くサン・ドマングへ飛ばされました。

ナポレオンの母は子供たちの6人が各国の王族となるのを見届け、トゥーロン包囲戦から6年後に31歳でナポレオンはフランスの治者となり、後に自ら皇帝となりました。

 

「ナポレオン -英雄の誕生-」

 

 

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