こんにちは、たなかあきらです。
イギリスにはユネスコの世界遺産に登録されている文化・世界遺産は30か所あります。
その中で、最も早く登録された1つがウェールズにある、
「グウィネズのエドワード1世の城郭と市壁 」(Castles and Town Walls of King Edward in Gwynedd)で、1986年に登録されています。
今回は、世界遺産の対象となった4つのお城についてご紹介いたします。
グウィネズのエドワード1世の城郭と市壁の概要
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066年にノルマン人のギョーム2世(のちのウィリアム1世)がイングランドを征服してから、イングランドはウェールズを征服しようと侵略を始めました。
13世紀になると益々侵略の圧力は強くなり、1282年にイングランド王エドワード2世はプリンス・オブ・ウェールズであったラウェリン・ザ・ラストを破り、ウェールズを征服したのでした。
そして、ウェールズの反乱を監視し威厳を示すために、1276年からエドワード1世は数多くの要塞城をウェールズに建築しました。
それらウェールズをぐるりと囲む18ものお城を「アイアン・リング」と呼んでいます。
👉ckeck!
行ってみたいウェールズのお城・・アイアンリング!
エドワード1世はウェールズを征服・支配するために、ウェールズをぐるりと取り囲むお城群を作りました。
・新たに建てたか建て替えたお城・・・8
・改築したお城 ・・・4
・諸侯たちに、建てるか立て替えさせたお城・・・5
の合計17のお城で、総額6万ポンド(現在では約33億ポンド、5000億円で、当時のイングランド王の年収の約10倍)もお城建築につぎ込みました。
世界遺産のお城では、
・ビューマリス城(工事中止までに11000ポンド、現在の価値で約80億円)
・カナーヴォン城(22000ポンド、約160億円)
・コンウィ城(15000ポンド、約110億円)
・ハーレック城(8200ポンド、約60億円)となります。
その中で、美しい四つのお城、ビューマリス城、カナーヴォン城、コンウィ城、ハーレック城(ハーレフ城)が世界遺産として登録されています。
👉参考記事:
ヨーロッパと日本のお城の建設費は 国家予算と人件費で考えた
ビューマリス城の紹介
ビューマリスという名前は、ノルマンディー語で「美しい湿地」という意味を持ちます。
ビューマリスは閑静なリゾート地として知られており、お城からはグレートブリテン島とアングルシー島の間にある美しいメナイ海峡と田舎風景を見渡せます。
このお城は六角形と四角形の美しい二重環状城壁でシンメトリー構造になっており中世イギリスの最も洗練された城と言われています。
1295年から建築が始まりましたが、資金不足で未完成のまま現在に至っています。
当時のイングランド王エドワード一世は、ウェールズを支配するため莫大な費用を使って、ウェールズに多くの城をつくりました。
同時にスコットランドの英雄ウィリアム・ウォレスが率いる軍との戦争が始まりました。
この二つの理由で、ビューマリス城の建設途中で資金不足となり、未完成のままなのです。
カーナーヴォン城の紹介
カナーヴォン城もウェールズを征服したイングランドのエドワード1世によって、ウェールズを監視したり威厳を示すために1283年に建設されました。
場所はウェールズ北部のアングルシー島を隔てたメナイ海峡に面しており、グレートブリテン島にあります。
お城から眺める海と海峡の景色や、緑が広がる田舎風景はとても美しいです。
旧カナーヴォン城はもともとは少し離れた場所にあり、ローマ統治時代の1世紀頃に要塞として建てられ、セゴンティウム城と呼ばれていました。エドワード1世は旧城を壊し建築材も使って、カナーヴォン城を建てたそうです。
カナーヴォン城は均整のとれた美しい姿をしており、十字軍に参加したエドワード1世が見たコンスタンティノープル城を参考にしたところ言われています。
エドワード1世の息子エドワード2世は、このカナーヴォン城で生まれました。ウェールズで生まれたウェールズ語しか話さない王子ということで、エドワード1世はプリンス・オブ・ウェールズの称号をエドワード2世に与えました。その後、イングランドの次期王の多くがプリンス・オブ・ウェールズの称号を名乗っています。
現在のチャールズ皇太子もプリンス・オブ・ウェールズの称号を持っており、戴冠式はカナーヴォン城でおこなわれました。
また、アニメ映画「天空の城ラピュタ」で、パズーがシータを助けに行く場面に出てくるお城のモデルがカナーヴォン城と言われています。
コンウィ城の紹介
コンウィ城はウェールズ北部の街コンウィにあり、大西洋に面した美しい海が見える、イギリス屈指の観光地です。
城壁でぐるりと街を守り敵を圧倒する要塞で、街中のいたるところに城壁が見え中世にタイムスリップしたような気になります。
コンウィ城は13世紀に、同じくイングランド王エドワード1世が築いたお城です。
城壁の外にいるウェールズ人が反乱を起こさないか見張り、城壁内のイングランド人を守る役割をしていました。
その通り、コンウィの街中や周囲が360度見渡せますし、美しい海岸も遠くまで見れて絶景です。
良く見ると、お城のてっぺんにはウェールズ国旗が立っていますし、街のど真ん中には、13世紀のウェールズの英雄であったラウェリン大王の像がコンウィの街を見守っています。
ハーレフ城の紹介
ハーレック城はウェールズ北部にあり、約60mの巨大な岩盤にそびえたっています。ウェールズ語では「美しい岩」という意味です。
イングランド王エドワード1世がウェールズを征服した後、1283年に建設を始め1290年に完成しました。
ハーレック城はイギリスの度重なる戦いの場になった要塞城です。
・イングランドのウェールズ征服後、ウェールズのマドックが反乱を起こし撃破する
・ウェールズ最後の英雄(プリンスオブウェールズ)、オウァイン・グリンドゥールの乱で奪われる
・イングランド王室の戦い「ばら戦争」の戦場にもなり、ヨーク側の攻撃を持ちこたえる
・ピューリタン革命でクロムウェルの手に落ちる
ハーレック城からは、アイルランド海も望め背後には美しいスノードン山もひかえており、観光にも最適ですね。
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